に行ってきました!〈熊本市中央区〉
2025年3月下旬に加藤神社に行きました。
旅行の参考になりそうな感想とポイントをまとめてみました。
写真の解説
写真は、3月に撮った写真です。
紺地の白抜き文字で仰清正公(ぎょうせいしょうこう)と書かれたのぼり旗がはためいています。
鳥居の奥正面には、拝殿があり。左手の建物は社務所です。
拝殿正面の額にも仰清正公と書かれています。
※本ページは、プロモーションが含まれています。
加藤神社について
1871年(明治4年)、神仏分離により、浄池廟(じょうちびょう)・本妙寺(ほんみょうじ)より神社を分け、現在の熊本城本丸と宇土櫓(うとやぐら)の間、お城の中心部に錦山神社(にしきやまじんじゃ)を創建しました。
その後、1874年(明治7年)に熊本市の京町へ遷宮。1884年(明治17年)の火災で消失、再建され、加藤神社と改称。その後再び、1962年(昭和37年)に本丸に移りました。
現在の神社は、火災の被害を抑えるために、コンクリートで作られています。
肥後(熊本)藩初代藩主・戦国武将の加藤清正(かとうきよまさ)公(1562-1611)を主祭神としています。
清正公が亡くなった際に忠誠を誓って自害した家臣の大木兼能(おおきかねよし)公、韓人金宦公も祀られています。
ご利益は、主に、勝負運や土木建築、出世や成功運など。
熊本城主であった清正公の実際のお墓は、本妙寺の浄池廟にあります。
加藤神社の感想
境内に入ると、壮大な天守閣が目に入ります。天守閣を背景に写真を撮っている人たちも多くいました。
賤ヶ岳の七本槍(しずがたけのしちほんやり)の一人でもあり、虎を退治したという伝承のある加藤清正公は、大規模な治水事業などを行い、現在の熊本の礎を築き、熊本県民より「清正公(せいしょこ)さん」と親しまれています。
大義名分を重んじ、上には忠と義を以って下には慈悲と情を以って接したという人格者でもある「清正公さん」の像は、電車通りを曲がるとすぐに右手にあるのですが、以前は、その像の横にある坂(行幸坂(みゆきざか))をまっすぐ昇ると加藤神社に着いていました。
今はまだ地震の影響で崩れている場所があり、二の丸公園の方にぐるっと回って神社へ行くようになっています。
清正公の像は、熊本城のページでご覧ください。→ 熊本城に行ってきました!
春は、ピンク色の桜の花に囲まれていました。
人間は、神様になれるものなんですね。不思議な世界です。
でももちろんしっかり参拝して帰りました。^^

心地よい旅のポイント
※ 情報は変わる可能性もあるため、各公式HPにてご確認ください。
- 神社境内からは、天守閣を眺めることができます。
写真スポットでもあります。
- 清正公の姓である加藤は「勝とう」と同音異義語のため、その音にちなんで勝負運のご利益もあり。
- 境内には、文禄の役の際に清正公が朝鮮から記念に持ち帰ったという太鼓橋があります。
砂利の上にある太鼓橋を渡れば、人生において出世や成功をする確率が高くなると言われています。
出世橋とも呼ばれています。
- その他、境内には、文禄の役記念の旗立石や熊本三手水鉢である重臣大木邸使用の大手水鉢などがあります。
清正公が手植えされたという銀杏もあり。
- 拝殿の右手には、末社(白鬚神社(しらひげじんじゃ))があります。
道開きの神様の猿田彦神、学問の神様の菅原道真公、福徳円満の神様の大国主神、商売繁盛の神様の恵比寿神が祀られています。
- 毎年、「清正公(せいしょこ)まつり」が開催され、清正公の分霊を神輿に乗せて練り歩く神幸行列では、子ども等が扮する「千人清正」などが見られます。
例年、7月第4日曜日に行われていましたが、昨年度(2024年)から4月の第4日曜日に行われることになりました。
- 社務所前には、甲冑姿のくまモンが!
勇ましいですね。^^
一緒に写真を撮りませんか。
向かって右扉上に武具や旗印に使われた蛇の目紋、左扉には家具や慶事に使われた桔梗紋が。

- 城彩苑と二の丸駐車場を回る無料シャトルバスがあります。
清正公の像を見た後は、このシャトルバスに乗って二の丸駐車場へ行き、加藤神社へ行くと少し坂道を歩く労力が少なくてすみます。
- 熊本の玄関口にあるJR熊本駅ビル大型商業施設「アミュプラザ熊本」に加藤神社の分祠が2021年に創建されました。
3階屋外庭園のおおやねテラス内にあります。
まとめ
熊本城やお土産屋さんの集まった城彩苑も昇り下りの坂はありますが、歩いていけます。
加藤神社の方が少し高台です。
二の丸公園や美術館、博物館も近くにあるので、熊本旅行の際は、ぜひ一帯を散策してみてはいかがでしょうか。
Have a nice trip!良い旅を!!