に行ってきました!〈臼杵市(うすきし)〉
2025年3月下旬に臼杵城跡(うすきじょうあと)(臼杵公園)に行きました。
旅行の参考になりそうな感想とポイントをまとめてみました。
写真の解説
写真は、3月に撮った写真です。
右手にあるのが、重箱造りの畳櫓(たたみやぐら)、真ん中に見えるのが大門櫓(だいもんやぐら)。
左手の古橋口から多くの人が城跡に入っていっています。
鎧坂(あぶみざか)を左方向へ昇り右方向へ昇り、畳櫓でターンして左方向へ行き、玄関口のような大門櫓をくぐって城跡(公園)に入ります。
国史跡になったばかりで、国史跡 臼杵城跡と書かれたのぼり旗が見られます。
桜の木が景色を彩っています。
※本ページは、プロモーションが含まれています。
臼杵城跡について
1556年か1562年(※築城年については諸説あり)(戦国(室町)時代)に築かれた臼杵城(うすきじょう)は、キリシタン大名である大友宗麟(おおともそうりん)の居城で、複数の城主の後に稲葉氏が城主となっていましたが、明治政府の廃藩置県により1873年(明治6年)に廃城となり、取り壊されました。
現在は城跡となっていますが、推定復元された二の丸大門櫓(だいもんやぐら)を含め3つの櫓、客殿の庭園の一部、石垣や空堀(からぼり)などが残っています。
※ 櫓(やぐら) … 元々は、矢倉。弓矢や刀などの武器庫。屋敷の防御のため、門の上など高いところに置かれました。
臼杵城跡は、2025年3月、「国の史跡」に指定されました。
臼杵城跡は、臼杵公園として整備されています。多くのソメイヨシノが植えられており、県南一の桜の名所です。
☆ 臼杵城(うすきじょう)について
1556年(弘治2年)か 1562年(永禄5年)(※築城年については諸説あり)、臼杵湾に浮かぶ東西約420m、南北約100mの丹生島(にうじま)の上(海面から約15mの高さ)に築かれました。
築城当時は、城の周囲が海に囲まれており、三方を海、西方は干潮時だけ陸続きとなる天然の要害のため、敵から攻め落とされることがなかったと言います。
※明治に入り、城の周囲の海が埋め立てられました。
丹生島に築城されたことから丹生島城、また、島の形が亀の姿に似ており、潮の満ち欠けにより亀が首を出しているように見えたことから亀城とも呼ばれていました。
築城主は、キリシタン大名として有名な大友宗麟(おおともそうりん)(大友義鎮(よししげ))。
城内には礼拝所があり、城下町には多くのキリスト教の施設が建立されました。
臼杵城跡の感想
この日は天気予報が雨で人もちらほらしかいなかったのですが、晴れの日はきっとお花見客で賑わうだろうなと思います。
広場もあって、お花見には絶好の場所。
桜はまだ咲き始めの時期でしたが、それでもとても美しかったです。
城跡の周りは、昔は海だったとは思えないような景色でした。
写真は、大門櫓をくぐった後の道です。
この写真を撮った数十分後、雨がざーっと降りました。

心地よい旅のポイント
※ 情報は変わる可能性もあるため、各公式HPにてご確認ください。
- 無料で入場できます。
- 古橋口からの坂は鎧坂(あぶみざか)と呼ばれていますが、坂の形状が馬の鎧に似ていることから付けられました。
左へ行き右へ行き、くねくねとお城へまっすぐ攻め込まれないように作られています。
- 城跡には、大友宗麟の公像(レリーフ)があります。
- 宗麟は、臼杵城防衛のために1576年にポルトガルから大砲を入手。日本最初の大砲で、大きな威力から「国崩し」と呼ばれました。
人々を驚かせたその大砲、仏狼機砲(フランキ砲)のレプリカが城跡内にありました。
- 春になると満開の桜が見事に咲き誇ります。高台の場所で、お花見に最適!
毎年、桜開花の時期に「臼杵城址桜まつり」が開催され、ステージイベントや桜のライトアップがあり、たくさんの出店が並びます。
- 古橋口(入口)から歩いて数分のところに臼杵市の観光交流プラザがあります。
臼杵の観光について尋ねてみましょう。
- また、約270年間臼杵藩を統治していた稲葉家のお屋敷「稲葉家下屋敷」も歩いて数分のところにあります。
まとめ
とにかく桜が綺麗!春に臼杵の観光はおすすめです。
時間があれば散策やお花見もいいですね。
車で20分くらいのところに国宝の臼杵石仏もありますよ。
Have a nice trip!良い旅を!!